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今日も世界は廻り続け──
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世界は今日も廻っている。そんな事は知っている、けれど。
今日は目に見えて高速回転しているらしい。神様は随分と、頑張っている。
【影を踏む犬の話。】
ずしゃ、と背中と地面が擦れる音がした。じんわりと、滲むように痛みが広がったのは、その少し後。
廻ったのは世界では無く、自分自身だったのだと、気付いたのはその更に後だった。
「い、ってて……」
一体全体、何だって言うんだろう。段差の上に居たわけでも無いし、後ろ歩きをしていたわけでもない。
何時も通りに何の凹凸も無い道を、何時も通りに歩いていただけだ。けれど、ひっくり返るのは、決していつも通りではない。
体を起こす。打ちつけた箇所を摩りながら、セオは顔を上げた。
「…………。」
目の前にあったのは、黒だ。
黒く、湿った、犬の鼻。
「な、」
大きな犬だった。この犬が、後ろから足元に突撃をかました為に転んだのだろうと推測する。足の裏側が、痛かったからだ。
犬が圧し掛かっている為に、立つことも叶わないまま、セオは困惑した。状況は理解できたが、まだ解せない。犬に恨まれる覚えは無かった。
「何やのん…何か用?」
意図が読めないでいるセオを気にもせず、犬は鼻を鳴らした。話し掛けはしたものの、答えが返って来るはずもない。セオは途方に暮れた。
立ち上がるには犬を退かすしかないのだ。噛まれる心配は無さそうな犬であるのを確認して、セオはそっと犬の体を押す。押した事で、その犬の体が骨が浮く程細い事に漸く気付いた。
「嗚呼、」
成る程。
「おなか空いてんのね、お前…」
応、とばかりに犬が小さく吠えた。そういえば、昼食を食べてきたばかりだ。食べ物の匂いがしたのだろう。
擦り寄ってくる灰色の毛。否、白だ。土と泥とほこりで散々に汚れて、灰になっている。
溜め息が零れた。
「……判ったよ…だから、退いて。」
セオの言葉が判るのか、犬が足を上げた。随分と、おりこうさんである。
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とぽ、ん。
水が新たに銀を飲み込む音を背中に、セオは抱えた右足に顎を預けた。
湾岸地区の、泉の前だ。淵に腰を降ろし、地面に伏せてパンを頬張る犬を見下ろす。
そっと手を伸ばして、首元の長い毛を掻き分けた。そうすると、硬質の感触がセオの指先に伝わる。革製の首輪だ。灰色の毛に埋もれた、青。
「…お前、ご主人さまは?」
問うと、丸い、茶色の瞳が向けられた。体と違って、ちっとも汚れのない、澄んだ瞳だった。
棄てられた、というわけでは無さそうである。
「迷子、かなぁ。」
垂れた耳の後ろを掻いてやると、心地が良さそうに目が細まった。こうも無防備な姿を曝されると、困ってしまう。
このまま、犬を残して宿に帰る事は、簡単なように思えた。食べ物を与えてやっただけで、十分だろうと思わないでもない。
けれど。
「帰る家があるなら、帰らないとね。」
どうも、放っておけそうにない。左足の膝に乗せられた犬の頭を撫でてやりながら、セオは観念した。
飼い主が見つかるまで面倒を見てやるのは、このまま捨て置くよりも、簡単な事だった。立ち上がる。
「近くから当たってみよっか。ちゃんと付いてくんねんで。えーっと……」
名前を呼ぼうとして、犬に名前が無い事に気付いた。かと言って、飼い犬に名前を付けるのは、どうなのだろう。
見上げてくる瞳を見返しながら、頭を掻く。
「うーん……もう犬でいっか、犬。」
名案だと思った。これなら名前とも言えないし、愛着が沸いて、飼い主に返す時に寂しい思いをしないで済むはずだった。のに。
セオは頭を抱えたくなった。
「……判った。ごめん。ちゃんと考える。」
再び食らわされた体当たり。今度は正面からだったので、転びはしなかったものの、バランスを崩して座り込む。
背中を撫でて犬を宥めながら、名前を考えて視線を彷徨わせた。
ら。
「何やってんだ?」
聞きなれた声が、セオの鼓膜を打った。振り返る。
暮れかけた空の、炎のような橙を背負って、男が一人立っていた。
「フーゴ!」
「おお…ってうお!何だよオイ!」
素っ頓狂な声が聞こえて初めて、犬が自分の元を離れている事にセオは気付いた。
犬は今、フーゴの足元に鼻を寄せている。そうしたかと思えば、擦り寄り始めた。
「…犬の匂い、するんかな?」
「んな訳あるかよ。お前、犬飼ってたのか?」
「や。さっき逢ったばっかり。」
「人懐こいじゃねえか。」
「飼い犬みたいやから。」
立ち上がってズボンの砂を払いながらセオが答えるのを、フーゴは犬を見下ろしながら聞いた。
青い首輪に気付いたらしい。成る程な、と、犬の頭を撫でた。セオとは違って、ぽんぽん、と、叩くような撫で方だ。
「手伝うか?」
「え?」
「飼い主、見つけるつもりなんだろう。」
「あ、う、うん。」
何で判ったんだろう。思ったけれど問う事は止して頷いたセオを、犬が振り返った。フーゴと並んでセオを見ている。
夕焼けの光に透けた茶色の瞳は、まるで。
まるで。
「……どうした?」
首を傾げるフーゴを、見上げた。正確には、フーゴの、目を。
「──…」
そう、だ。
似てる。
「……二号。」
「あ?」
「犬の名前。」
「はあ?」
「飼い主見つけるまでは、名前付けとこうと思って。不便やろう?」
「そうじゃねえよ。その名前はねえだろ、何の二号だよ。」
「──…ないしょ。」
「時々ワケわかんねえ、お前…」
さっさと歩き出して脇を通り過ぎたセオを視線で追いながら、フーゴは思い切り眉を寄せた。セオはと云うと、犬に満足気な視線を送っている。
犬もまた、満足気だった。名前は二号で許されたらしい。
二号の前に来る名前に、気付いたからか、否か。
「んじゃあ、湾岸地区回ったら、貧民窟の方行こっか。ほら、フーゴ早く。」
「?」
「手伝ってくれんねやろ?」
「…おう。」
振り返って笑うセオに、仕方ねえな、と一言付け加えて、フーゴは槍を持ち直した。犬も歩き出す。
追いつくのを待っていると、長く伸びた影を、フーゴと犬に踏まれた。
一歩、下がる。二人から影が離れた。けれど、二人も歩いているので、すぐにまた踏まれる。離れては踏まれてを繰り返す。
まるで追いかけっこだ。
「何笑ってんだ、気持ち悪い。」
「べっつにー」
何だか楽しくなってきて、セオは歩調を一人と一匹に合わせて先を歩く。
太陽は、今にも床に就きそうだった。
「早いとこ見つかればええね、飼い主。」
「そうだな。さっさと行くか。」
セオが答えるよりも先に、犬が一つ吠えた。一瞬ポカンとして、笑い出す。
そうして、通りすがった青年を巻き込んでの、飼い主探しが始まったのだった。
──影が並ぶのは、もう少し、先の話。
end.
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セオ小話第一段。お借りしたフーゴさんが何だか似非臭い。
やっぱりフーゴさんは一可氏が動かしてこそのフーゴさんなのだろうと思う。好きだなぁ…
二号ってのは、勿論…です。イヒ…(失礼!)
駄文で申し訳…!!